本ページは英国最大のギターショップである “guitarguitar” ウェブサイトに掲載された、ThreeDots Guitars ビルダー菊地嘉幸のインタビュー記事を再構成したものです。
出典:“BRAND NEW: Three Dots Guitars”. guitarguitar. 2021-6-15.
ハンドメイドでギターやベースを製作するには並外れた技術力、忍耐力、決意が必要とされる。
ギター/ベース製作の道は天に導かれた仕事でもあり、生涯をかけた旅であるとともに果てしない学びの連続でもある。幸運に恵まれた製作家ならば、名人の下で修業を積み、ただの「優れたギター」と「偉大なギター」とを隔てる門外不出の技術や手法を学ぶことができるかもしれない。しかし、そのような好機は頻繁に訪れるものではない。そのため、そんな好機がやってきた場合は何としてでも捕まえる必要がある。
菊地嘉幸氏はこの事をよく理解している。以下の独占インタビューをご覧になられればお分かり頂けるように、菊地氏は、かのロジャー・サドウスキー氏と1年間共に作業を行い、氏から直接の指導を受けた。物事はうまく進み、彼は最終的に Sadowsky の日本部門全体の総責任者となり、その後もロジャーの厳しい品質基準をクリアした Sadowsky の名前を冠した楽器を日本で製作することとなった。このような仕事は生半可な気持ちでできるものではなく、菊地氏に職人の集団を統率する技術と能力が備わっていなければ決して起こりえなかったことだ。だからこそ、この素晴らしい関係はその後何年にも亘り続くこととなったのだ。
先頃、Sadowsky が自社の米国外の活動拠点をドイツに移したとき、菊地氏は、様々なハイクオリティのギターやベースを製作するのに蓄積した全ての知識やノウハウを活かして自身の新しいギターブランドを立ち上げることを決意した。このようにして菊地氏の理想を具現化するために生まれたのが日本製の新ギター/ベースブランド「Three Dots Guitars」である。Three Dots Guitars の楽器はそれぞれが卓越した個性的な芸術作品である。伝統的なデザインに現代的な性能を搭載したトップクラスの製作家のみが作り出すことのできるスペシャリティな楽器である。先日、Guitarguitar は菊地氏にメールでインタビューを敢行し、その楽器に対する “熱い” 思いをじっくりと語ってもらった。
Guitarguitar(以下、GG):ロジャー・サドウスキー氏と働く以前に、あなたは日本で ATELIER Z というベース工房を立ち上げています。当初、あなたが最も情熱を注いだのはベースだったのでしょうか?そして、それは今日でも変わらないのでしょうか?
菊地嘉幸氏(以下、YK):その通りです。当初、私が最も情熱を注いだのはスラッププレイヤー向けのベースでした。現在はベースに対しては勿論ですが、ギターに対しても強いパッションを抱いています。私にとって楽器を製作したり、設計したり、改造したりすることは、難解なジグソーパズルを組み立てていくようなものです。この楽器をめぐるパズルが完成したときに私自身達成感を覚えますし、お客様にも同じように幸せを感じていただけると考えます。
GG:1992 年当時、ロジャーにアプローチを取ることを決めたのはどうしてですか?
YK:ある時、ネックが酷くねじれてしまった Sadowsky のベースが修理に持ち込まれてきました。私は修理をあきらめて、そのベースのオーナーにネックの作り直しを提案したんです。けれども、ロジャーは自分なら直せると思うからそのネックを送ってくれないか、って言ってきたんですね。数か月後にそのネックが日本に送り返されてきたのですが、その修理の出来栄えに本当に驚きました。当時の私の技術や常識では絶対に無理!とサジを投げてしまったネックが弦を張るとビシッと真直ぐになっていたのですから。この経験から日増しにロジャーの下で技術を学びたいという気持ちが強くなり、当時はメールとか無かったので FAX 等を駆使してアプローチしました(笑)。最終的にロジャーが私のためのワークベンチを用意してくれて、念願のアメリカに渡ることとなりました。
GG:1 年間にわたってロジャーの下で働いたわけですが、彼との仕事からあなたが学んだ最も重要なことは何だったのでしょうか?
YK:当時、ニューヨークのブロードウェイにあった Sadowsky 工房には 4 人の先輩がいて、彼らが私に基本的なテクニックを全て教えてくれました。ロジャーは彼の顧客である有名なミュージシャンが所有する沢山の素晴らしい楽器を見せてくれましたし、時には私にそのような楽器を修理する機会を与えてくれました。特に記憶に残るのは某有名ベーシスト所有のヴィンテージ P ベースのフレットレス加工…最初から指板が薄かったこともあってかなり緊張しました。このような経験を積むことにより私は自信をつけることができましたし、顧客一人一人に合わせて楽器の修理やセットアップの仕方が沢山あるのだということも再確認することができました。
また質問から少しそれてしまいますがロジャーのところで働いていた経験から他にも色々と幸運な機会に恵まれました。例えば 1990 年代にボブ・ブラッドショー氏と共に Custom Audio Electronics で働いていたジョン・サー氏からも貴重な技術、特に弦高を下げるためのテクニックを学ぶことが出来ました。ほんの数週間でしたが私は彼の工房を訪ねて当時彼が独りで製作していたギター、Suhr Custom の製作を手伝いました。この時にジョンは彼独自のフレットワークを教えてくれたのです。
このことでロジャーから教えてもらったフレットバズが少なくて、正確なピッチが得られるセットアップはもとより、ジョンから教えてもらった弦と指板の間にプライスカードが挟めないほど(笑)のスーパーローアクションと、顧客の要望に応じて多種多様なセットアップができる技術を身に着けることが出来ました。
GG:「Three Dots」という新しいブランド名の裏話があれば教えて下さい。指板のインレイの 3 つの点に特別な意味があるのでしょうか?
YK:Sadowsky と別の道を進むこととなり、Sadowsky Metroline の生産から得た知見を生かして、今度は自社ブランドのギター/ベースを製作・開発することを決めました。弊社のギターのアドバイザーであり、プロミュージシャン/プロデューサーでもある増崎孝司氏からアドバイスを受けた仕様や機能に基づき、Three Dots ブランドを具現化しました。弊社独自の技術と手法を用いて完成度の高いクラシックスタイルのギター/ベースモデルを製作しています。
また指板のインレイですが、Three Dots のインレイは、優れた playability「演奏性」、reliability「信頼性」、affordability「廉価性」の 3 つの意味を表しています。
Three Dots Guitars のギターには、セットネックスタイルのギターにはトラスロッドカバーに、他のギターには指板に、ブランドアイコンである 3 つのドットポジションマークが入れられています。
GG:あなたにとって偉大なエレクトリックギターやエレクトリックベースが持つ最も重要な要素は何だと思いますか?また個人的に好きなギターやベースのモデルはありますか?
YK:究極的に言えば最も大切なのは「楽器の弾きやすさ」だと思っています。1 本のギターから異なる音色を得たい場合はペダルを追加したり、ピックアップやプリアンプを交換したりできるかもしれませんが、どんなに沢山のパーツ類を購入してみたところで「プレイアビリティ」を手に入れることはできません。
私が所有しているベースの中で、特に気に入っているのは 77 年製の Gibson Thunderbird Bass と 78 年製の Ibanez Flying V Bass といった所謂変形ベースですね。これらのベースはショーアップ目的では最強ですが決して弾きやすいとは思いませんし、もう 10 年以上もケースを開けていません。けれどもこれらの楽器には私がバンドで演奏をしていた時の大切な思い出が一杯詰まっています。
GG:どのジャンルの音楽を聴いたり演奏したりするのが好きですか?また音楽の好みがご自身の楽器の設計に影響をもたらしていると思いますか?
YK:ヘヴィメタルが好きですね。イギリスであれば Bullet For My Valentine や Dragon Force 等のヘヴィメタルバンドが好きです。私は速弾きや高速スラップのようなテクニックを使っての演奏はできませんが、速弾きや高速スラップをするプレイヤーの多くが弦高を低くすることを好んでいることは知っています。弦高を低くするためには正確なフレットワークが必要です。そして私は自分のフレットワークの精度や正確さに自信を持っています。
GG:それぞれの楽器を設計する際に念頭に置いた具体的なプレイヤーのタイプはあるのでしょうか?
YK:答えはノーです。
GG:ピックアップはご自身で製作されますか?
YK:はい。ピックアップの設計・製作も自分で行います。私は基本的にアルニコ 5 磁石を使いますが、アルニコ 5 は着磁率に応じて幅広い音色や出力を生み出すことができるので、弊社のエンドーサーのプロミュージシャンがその音色に満足するまで、磁石や巻線を使ってひたすらに実験作業を繰り返します。
GG:Three Dots Guitars では他のどのような種類のハードウェアを使うのがお好きですか?
YK: ハードウェアの好みというのは全くありません。自分の設計に必要と感じたならば、ピックアップも含めてどんなハードウェアでも積極的に使います。
GG:Three Dots Guitars で成し遂げたい目的や目標は何ですか?
YK:世界制覇です(笑)。世の中にはプロミュージシャンになりたいと願っている若い人たちが沢山います。Three Dots Guitars が彼らの夢を実現する一助になってほしいと願っています。
GG:Three Dots Guitars の今後の予定について教えていただけますか?新しいモデルが登場するのでしょうか?
YK:幾つかサプライズがあります。近く新しいモデルを発表する予定です、乞うご期待!
guitarguitar は、Three Dots Guitars が冒険の船出を切った時に “縁” を持つことができたことに胸の高鳴りを抑えることができません。guitarguitar が現在、店頭に飾っている作品は手触りから仕上げまで、非の打ち所がない実に素晴らしい出来栄えの楽器です。菊地氏の類まれな技術と人を巻き込むような前向きな姿勢は、日本だけでなく海外においても成功するための確かな秘訣です。菊地氏が次にどのような一手を打ってくるか待ち遠しくてたまりません。
菊地嘉幸
岩手県出身。
1990 年、27 歳で ATELIER Z を立ち上げる。
1993 年に同ブランドを後任に託し単身渡米。
Sadowsky Guitars NYC の工房で技術を学ぶ。帰国後、Sadowsky Tokyo をスタート。
Roger Sadowsky との密接な関係を保ちながら、JT シリーズ、Metroline シリーズ、Sadowsky TYO などを世に送り出す。
2019 年 Three Dots Guitars を立ち上げ、今日に至る。